けやぐのけやぐ日記 2007. 5
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5月31日 (木)  月末

5月が終わります。
母の体調が良くありません、
立って振り向いたりする時、ふらつくそうです、
何かにつかまらないと・・・・・。
と言ってますよ、
なんか、父も母も元気なのになにか無理してるって感じです。
温泉にでも連れて行こうかな?


5月30日 (水)  父親のこと

父は詩吟の先生をしています。
毎週教室に教えに行っています。
教える人も高齢なら、生徒さんたちも高齢になって来ているようです。
なかなか若い人が入らないな・・・・。といっています。
去年までは小学校でクラブ活動として認めてくれた校長先生がいたようですが、校長先生が変わると違ってしまうようです。
私も、実際詩吟はあまり面白そうには見えません。
声を出しておなかに力を入れる、これが健康にとてもいいことだそうです。
年々生徒さんが減っていくといいます、高齢のため、だれだれさんが入院したとか、亡くなったとか・・・・・。寂しいですね。
耳もかなり以前に比べて遠くなって着ているようですが大丈夫なのかな?
不整脈を抱えて高血圧の薬を飲んで、糖尿病の薬を飲んでよくがんばっていると思います、B型の人はマイペースだからいいのかもしれません、周りがなんと言っても聞く耳持たないし、頑固というかなんと言うか、
いい意味でくよくよしても始まらない・・・ですかね。


5月28日 (月)  介護認定審査

私は、もう80も過ぎたのだから介護認定申請してみたら?
といったことがあります。
いいよといっていたので、知り合いのケアマネさんに相談してみました。
現在の状態を話したら、「認定は無理だと思う」
といわれました。
これって娘にとっては良かったと思うべきでしょうね。
少々口うるさくても健康でいてくれることのありがたさはなににも変えられませんね


5月26日 (土)  玄米もち

昨日はなした玄米もちの話です。
私が、妊娠しているときおなかのこどものことをかんがえて、ビタミンBをとることを進めてくれました。
でもそう簡単にビタミンといわれても・・・、
そんな時玄米がいいと話を聞いて玄米ご飯に挑戦なかなかおいしく食べれないでいました。
そんな時スープにしてみたらと、母が作ってくれたのが玄米スープです。
玄米をフライパンで乾煎りして香ばしい香りが出てきたら、スープ用のなべで30分ぐらい煮出します。
ことこと弱火で煮出すとなんか懐かしいような香りがして、少しとろっとした感じになります。それを飲むんです。
はじめは口に残るようなどろっとしたような感じに思いましたが、毎日飲んでいるとおなかの調子がとてもよくなんと言うか快便になり毎朝すっきりした感じになってきたんです。お産も軽く済むという話も聞いてずーっと続けていました。
当然、玄米が残ります。
それを捨てるのはもったいないと(戦中派の考え方)いくらかすりつぶして、少し甘くしてサラダ油をしいたフライパンで焼くんです・少し焦げ目がつくとおいしいです。
というわけで無駄なく食べていたというわけです・そのおかげかどうかお産も楽に元気な男の子を出産しました。
脳細胞にもいいと聞いたのですがそれはどうかな?
まっいいとして、とにかく食べるものにはとてもうるさい母です。大事に無駄なく食べる、今の飽食に時代に細かいこととはじめは思いましたが、いろいろ健康についての話題を聞くとやはり何でも無駄なくたくさんの種類を食べるということが健康の秘訣らしいですね。先人の知恵というところでしょうか、もうひとつは、もう40年ぐらい続けているアルカリ飲料水です。これは父もこだわっていて、ほとんど水道水をそのまま飲んだことはないのではないでしょうか?血液をさらさらにするということと体の中をアルカリ性にすることを心がけているようです。
実際これまで大きな病気をしないで」暮らしてきたこともこの水のおかげだと信じています。
医学的にも実証されているらしいのですが、とにかく信じて飲み続けているということに感心させられます。
継続は力なり・・・・・・・・。


5月25日 (金)  最近気温が高いぞ

暑くなると、思い出しますが、私達が小さいころスイカを食べる時パンツ1枚になってビニールシートの上で食べていた記憶があります。近所の友達なんか集まって、びしょびしょになって食べたように思います。
でもどこの親もだーれも怒ることもなく、隣近所同士暮らしていました。
いつからでしょう、隣の目や行動を気にしなければならなくなったのは・・・・・。
母は、遊んでいるとみんなの分のおにぎりをつくってくれました。もちろんみそをつけただけの簡単なおにぎりです。他のうちに遊びに行ってもそこのお母さんはいやな顔をしないで迎えてくれたように思います。
ただどこへ行っても、お父さんがいるとすごく緊張して、怖かったように記憶しています。
なぜか、お父さんは怖いというイメージがあったんでしょうね。
いいか悪いかは別にして、今のお父さんは、結構子供に優しいですよね、
場合によってはお友達感覚でかっこいいお父さんと腕を組んで歩くのは自慢だという子もいるんじゃないかな?
私の父はそんな感じをうけるひとではないですね
マ世相の話ではないんですが。
先日もお話しましたが、
母は、食べるものにものすごく執着のある人です。食べるんだったら、少しでもおいしいものを
また、食べてみたことのないものは何とかして食べてみたいなどなど・・・・。
子供のころ食に貧乏だったということではなく逆に、食べ物に対して貧相な経験をしたことがないといいます。母のお父さんの仕事の関係らしいです。金持ちではなかったけど、食べ物には」不自由したことがないという生活のようです。
戦後は大変だったらしいですが、どうすればおいしく食べられるかという工夫は常にしていたようです。
そのせいか、小さいころから、牛乳・チーズ・手作りパンや手作りのお菓子・ケーキなど何でも作っていました。料理の先生はNHKの料理番組だったり、毎月料理の本が送られてきたり、・・・
作ることがスキだったんでしょうね、
中華まんも。あげパンももちろんシュークリームもつくれるものはほとんどのものに挑戦したと思います。今考えるとパン屋でもやればよかったのに・・・・?
当時はいろいろあって趣味の域から脱することができなかったんでしょうね。
私がお世話になったのは、玄米もちとスープです。   

つづく


5月21日 (月)  本日晴天なり

今の日本の暮らしや、すごい情報の中それを見ている両親は「本当に信じられない」を繰り返します。
人が死んでいく死に方が変わってしまった・・・・。
といわれても、私は時代でしょと一括してしまいますが、よく考えると本当に豊かだけど、心が寂しい時代だなと感じます。
育児サービスの仕事をして20年ぐらいでずいぶん変わりました。
前に比べて若いこれからのお父さんがすごく育児というものに関わろうとしています。
積極的に、病院へ行ったり、お買い物を手伝ったり、うちの中でも育児をしたり・・・・。
でもその反面、幼児虐待や、子殺し、」親殺し、物は豊かな時代なのに・・・・。
戦中を通り抜けてきた両親には少し戸惑いのようなものがあるようです。もちろん私の立場からしてもビックリするような事件が一杯です。
時代についていこうとする姿勢は感心しますが、
もっと肩肘張らずに、暮らして欲しいと思います。
私の姉妹を見ていると、だんだん親に似て来ています。顔じゃなく、何気ないしぐさや、話し方、一番は自分の子供を育てる時いつの間にか親に育てられたように、育てているということです。
小さいころ、両親に反発して育ったのに今同じようなことを子供にしている・・・。一時自分はこんな親にはならない、なりたくないとまで反抗したのに・・・・。
はっとさせられます、

母は料理がとても上手です。
小さいころから、自慢でした。その味は引き継いでいるような気がします。
おいしいものだーいスキ!
姉妹も料理はじょうずです。
どんな風に得意だったかというと・・・・つづく


5月20日 (日)  お久しぶりです

長々日記から遠ざかっていました。
これから、少しずつ私の両親のことを、書いていきます。
私の両親はともに80歳を過ぎた高齢ですが、認知症などもなくがんばっています。戦争を潜り抜けてきた人ですから、芯はものすごく強い人です。
母はずっと昔から炎を見ると青森の空襲を思い出してとても神経質になっていました。青森市に住んでいた人なので、一言ではいえないものを見たり聞いたりしたと思います。
いつからでしょうか少しずつでも話すようになったのは・・・・・。
思い出したくない彼女の思いでもあるようでした。戦後の苦労の方が大変だったようですが・・・・。
父は九州で終戦を迎えたようです。
前戦には行かなかったものの、いろいろな人間関係や人間模様を見てきたようです。
人生の縮図を見たと思います。
この世にはかなりいろいろな人がいるということも身をもって知っていると思います。
耐えることを知っている人です。
まだまだいろいろな経験をしているひとはたくさんいると思います。
私の両親はその中のほんの2人なのです。
介護をしなければならないという年ですが、自分の方がまだまだ助けられていることを実感します。自分でできることは自分でやるこれが両親の生き方です。つづく


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